バイオグラフィーという言葉は、一般に著名な人々の生涯を書き記したもの「伝記」として知られ
ています。けれど人智学の土壌から生み出されたバイオグラフィーワークの焦点は、私たち自身の生
の物語(ライフストーリー) なのです。一人ひとりのバイオグラフィーを、その人独自のものに形作る
のは、私達が生きた経 験です。
人は日々誰かに出会い、経験を共有します。何かに心動かされ、また様々な思いが心を満たします。
このような 私たちの日々を織り成す、数え切れない瞬間―経験が、私たちのバイオグラフィーに新た
な彩りを加えてゆきます。 強い印象を残す経験はもちろん、魂に一瞬光を投げかけ、あるいは影を落
として過ぎ去って行く小さな出来事。そのどれもが私たちの生の貴重な宝物であり、隠れたガイドな
のです。バイオグラフィーワークは私たちの人生のそこここにうずもれている宝物を掘り起こし、自
分自身の経験に学ぶ自己教育のプロセスだとまず紹介したいと思います。
ある時期は軽やかに、あるときは手探りで歩いてきた私たちの生の軌跡を、バイオグラフィーワー
クはシュタイナー教育の基本でもある7年周期に沿ってみてゆきます。この成長の7年サイクルに個
人の成長の原型を見ることができるからです。それぞれの時期における特徴や課題が個人個人の成長
の軌跡の中にはっきりと読み取れるのです。たとえば最初の7年間の記憶やイメージの中に、すでに
今日のあなたや私が見つけられるでしょう。それを7才から14才、14才から21才の経験が確かなもの
にしていったのではないでしょうか?さらに21才から28才、28才から35才と7年サイクルにそって、
心に残るエピソードや人々、思考や行動の軌跡を様々なテーマにそってたどってゆくうちに心に響く
発見がきっとあると思います。
さらにゲーテの観察術のように経験の背後にあるもの、経験の本質を掴み取る過程を経て深めてゆ
きます。またクレヨンや水彩画、塑像、あるいは動きや物語の力を借りて、経験に表現の翼を与える
ことも、貴重な学 びや新たな視界をもたらしてくれます。
このような豊かなバイオグラフィーの活動を可能にし、そのスペースを暖かく支えるのがワークを共
にするグループの存在です。それぞれのバイオグラフィーの旅を分かち合うグループとの交流の中で、
ワークの新たな側面がうかびあがってきます。グループの中のひとりが語る記憶の中の情景や思いに
深く耳を傾ける内に、聞き手の魂の中に呼応するものあるでしょう。そんな自分の心の深みでの動き
に気づくことから新たな心の扉が開くのです。また心からの言葉が聞き手の心に届くとき、その出会
いから生まれ出るものがあります。
そこに私たちをともに未来へ押し出す可能性と力が秘められていることも、やがて明らかになるこ
とでしょう。オープンで真摯な分かち合いの内に、ひとりでは見えなかった自分自身の魂の願いやテ
ーマが少しずつ見えてくるのです。
ルドルフ・シュタイナーは、私たちが生きている時代を意識的魂の時代と語りました。それまで外
の世界に【神の世界】に生きていた魂が、それ自身の内なる世界に気づき、自らを意識するようにな
った時代だと。この時代、一人ひとりがそれぞれの個人性を追及してゆく過程で、魂は孤立化の傾向
を強めてゆきます。シュタイナーは「社会的、反社会的諸力」をはじめ、心理学や社会に関する講義
の中で、このような傾向に対応し、新しい人と人との関係を作ってゆく意識的な学びの過程を予見し
ています。自由意志と人間存在への深い理解のうちに育まれる人間の関係がこれからの時代と世界に
求められているからです。
その後第2次世界大戦の悲劇を経て、シュタイナーに学んだ人たちのよって大人のための自己教育
の方法が創出されました。それがバイオグラフィーワークです。現代の孤立する魂の意味を明らかに
し、新しい関係性に目覚めてゆくことを目ざす社会的なグループワークなのです。
ルドルフ・シュタイナーがその多くの講義や著書の中で、繰り返し語った言葉があります。
自分自身を知りたければ、世界(宇宙)を観察するがいい。
世界(宇宙)を知りたければ、自分の魂の深みを観察するといい。
個人と世界(宇宙)の深い結びつきを示すこの言葉に、バイオグラフィーワークが目指すものが集約
されているように思えます。